チュトゥテュルン博士の軌跡
チュトゥテュルン博士の軌跡
 
チュトゥテュルン Guella=Ha Chutotulun (1916〜)

 出島島(でじまじま)出身の生物学者、発明家。ゲッポリト族の生き残りといわれている。
 あのストイックホルムで育ち、ゴト師であった父の影響で、幼少の時から新種生物の発明に従事していた。1935年からドイシに留学していたが、独自の生物研究に闇の組織「まんじ」が興味をもち、生物化学兵器の最高責任者として、半強制的に招かれた。若干、19歳であった。
 しばらくして、新種生物を製造することができる未来のマシーンの開発に成功したが、その機械の不安定さで、研究工場が大爆発し、大量の実験用マウス達が逃げだした。(ペストの流行)
 しかし、これにめげず、未来のマシーン2号機の開発に成功し、戦車でぶち抜かれたくらいでは、死なない究極の戦闘生物兵器を創りだしたが、戦場にこれを投入しても、敵味方、関係なく襲いかかる凶暴さで、生物兵器のなかでも、超G級の兵器とされ、使用を禁止された。(ペニスの流行)
その後、戦争は終結し、「まんじ」崩落と同時に、彼は解放された。
 一度祖国、出島島(でじまじま)に戻ったが、動物愛護団体から生卵をぶつけられるなど、彼に対する反応はひどく、彼はそのまま、夜枕を濡らしながら(おしっこで)、おフランスに亡命、ケンジ・ントン大学の客員教授となった。
 そこでは、人や生活に役立つ、ネコ型生物の開発や、人型メイド生物の開発に力をいれ、1960年、超敏感肌の人型メイド生物の研究に成功。(世界初のユリア100式)この年、イエスベル化学賞と平和賞をダブル受賞した。
 しかし、その時に創ったメイド生物に感情が芽生えてしまったため、彼女の人権と意志を尊重して、彼女の保護者として、、彼女を立派な成人まで育てあげた。
 その頃から、大学の学生だった、ロイ・テワール・スキャトニンズと知り合い、小気味のいい感じのバーでの糞もらし自慢等で、意気投合し、後、共に平和維持活動をする事になる。1999年、ロイ、非業の爆死の際は葬儀を取り仕切った。

 大学での未来のマシーン3号機を開発後は一線を退き、現在は、メイド生物とともに一風変わった介護生活を送るかたわら、「YDANZ」の研究所で未確認生物達の良き世話係として小銭を稼いでいる。本人には内緒だが、呼ばれた理由は本人が未確認生物だからであった…。
 週1、2回、地元の高校「No.2高校」で、生物の先生として、子供達に授業を教えている。
 主な論文、著書に「ハムスターの飼い方」「釈由美子論」「ゲッポリト族とアガスティアの葉」「HOWTOメイドさん」などがある。

 

copyright(c) studio nymphe allrights reserved.